(『名城法学』52-4、平成15年2月所収「研究ノート」)

藩法史料デジタル化の現状と課題

        ――IT時代の法史学に向けて――   

 

1 はじめに

 世上にIT化の波が押し寄せている。ビジネス界はもちろん、日常生活のさまざまな局面で、私たちは否応なく、また際限なくITの渦に巻き込まれている〔1〕。

。情報機器の有無と優劣のみならず、IT環境から積極・消極を問わず取り残される者を<保護されるべき>「IT弱者」と呼ぶ表現すらまかり通るのが現状だといえよう。学界、とくに法史学のような古色蒼然の観がある分野においても、このような風潮は例外をつくらない。

 例えば、論述の基盤となる法制史料についていえば、多種多様の視点や立場から古文書の発掘が行われ、調査と記録・保存にマイクロカメラは不可欠の機材であった。数十年来の蓄積を持つマイクロ(銀鉛)ミニコピーフィルムは、古文書および文献類を永久保存する手段として定着し、その資産は公的機関と個人レベルのものを合わせて膨大な分量に達している。

 ところが、一歩翻って見渡すと、史料の撮影はマイクロカメラから小型軽量のデジタルカメラへと既に転換していた。重厚な写真機材を自在に扱うことが奇異の目で見られた時代は、そう遠い昔のことではないが、それがごく自然に、しかし画期的に、史料画像取得のデジタル化は進捗していたのである。象徴的な例でいえば、「上田藩法史料二五〇〇コマ、一〇〇フィートフィルム二本を撮影したが、露出計の不調で露光が心配。数日後に現像ができてきたら資料室のリーダープリンターで確認しよう。まだデュープしてないからフィルムに指紋やキズが残らないよう注意しなければ」というのが、「同画像データ二五〇〇ファイル、七〇〇メガバイトを取得、画像は撮影時に確認済だから今夜パソコンで開いて文字情報にしておこう。この文書はクセ字で難解だから先輩に添付ファイルで送信して読んでもらおう」といった具合に、古文書撮影の現場は変貌しているのである。

 小稿では、このようなアナログからデジタルへと転化しつつある研究環境の変化を藩法史料に投影して、現状と近未来を展望してみたいと思う。あるべき史料の形態を論じるものではなく、また、技術またはノウハウを語ることを主眼とするものでもないが、この度あえて「研究ノート」という形で本誌に掲載することを決意した契機は二つある。

 第一は、本年一〇月に開催される法制史学会(当番校は名城大学)で、ミニシンポジウムに「IT時代の法史学」〔2〕が予定されていることである。第二に、その端緒として昨年一二月に法制史学会近畿部会で予備的な報告〔3〕を試み、決して手前味噌ではない好意的な反応と、必要性につながる共通の認識を得たことである。これは藩法研究会(第二次)の諸活動を軸として、藩法史料の覆刻と公開をデジタルベースに転換した現状を紹介し、参加会員の反応を探る試みでもあった。より有効な展開を推進するため、忌憚ない知見をいただければ幸いである。

 

2 デジタル化の現状

 改めて「史料のデジタル化」という言葉を用いるまでもなく、研究論文の執筆や史料の校訂に、専用機を含めてワープロソフトを使う場合、文字情報のデジタル化はもう何年も前から進んでいる。ただし一般的には、その手法が原稿用紙の便利な代用であり、また、その成果はほとんどの場合、印刷物の原稿作りに留まっているのが現状である。法制史料の公刊に際しても、傍らに写真プリントなど史料の複製物を置き、解読・校訂しながら入力する方式がもっとも典型的なスタイルであった。空いたコマ切れの時間に、ときには会議の‘内職’として後ろめたい気持ちで入力に勤しんだ経験は誰にもあるのではなかろうか。とにかく修正と編集は自在で、清書は不要、完了したときは初校も終了。フロッピーで印刷所に出せば正確な組上がりが返ってくるし、DTP環境さえあれば印刷物に引けをとらない仕上がり――と、至便の効率に驚嘆したのは、まだ一〇年に満たない最近のことである。

 このような史料公刊の手法は、しかしながら、二つの側面からデジタル化の第一歩に過ぎないというべきであろう。一つは史料データのあり方であり、二つは成果物公表の手法に関してである。

 まず、史料データについて、史料画像と現段階の入力風景を示しておこう。下図は、パソコン画面上にワープロソフトを開き(左側)、画像を右に置いた入力作業のシーンで、ちょうど画像の中央部分が文字変換されたところである。何百コマにもなる写真プリントや、修正を繰り返して本人以外には(本人にも!)読めなくなった原稿用紙とは無縁の、一言でいえばペーパーレスの環境が実現されていることは一目瞭然であろう。

 

 紙からの解放    大量の文字情報を扱う文系研究者にとって、それはある意味で夢であった。三〇数年前、大学ノートから史料カードへの転換を経験した世代にとっては、手稿の印字化は、悪筆・能筆に関わらず輝かしい進歩であったし、印刷の手段ではないナマの電子情報が扱えることは、文字通り見果てぬ夢であったからである。

 しかし、デジタル化の最大のメリットは、紙媒体とは異なって史料情報の共有が容易であることである。上図の画像は比較的に良質な文書であるが、古文書を扱う場合、宿命的に解読できない文字が出てくる。また、大量の素材を扱うケースでは、複数人による分担作業が必要になることは常である。画像および解読したテキストの共有ができれば、正確さと処理の効率は計り知れないほど増大する。ネット上で数人が検討を繰り返すことにより、質量ともに精度は確実に向上するし、それが公開されれば、さらに多くの情報がフィードバックされることになり、なまじっかな出版物よりは高品質の域に達するのではなかろうか。やや先走ることになるが、学術情報のデジタル化は、危惧される中味の軽薄化とは逆に、はるかに厳しい批判に耐えうる状況を創出することになると思う。

 ところで、ここで示した史料画像は、当然、ハードディスクやMO・CD−ROMなど、各種の記憶媒体に蓄積した個人のデータである。次節で述べるように、マイクロフィルムからデジタル化したものや、直接デジタルカメラで撮影した自前の画像データを蓄積することは、比較的容易である。若干の経験を積めば、表現は不適切ながら十分に‘商品’として外部に出しても遜色のない品質も期待できる。しかし、それらの公開には、プライバシーや所有・所蔵権はもちろん、画像著作権も含めた知的財産権の問題をクリアすることが銘記されなければならない。諸々の権利者の許諾のもとに、学術情報としての自由な発信と受信の環境が整うことを切に望む次第である。

 近い将来、Web上をこのような画像データが飛び交う情景を描きながら、ふとデスクサイドを見やると、それなりに整理はされているが、MOディスクの山である。大部分は大容量のハードディスクに格納済であっても、部分的な情報提供や万一のことを考えればなかなか消去には踏み切れず、そう安価ではないMOの需要はあとを絶たない。取得にかなりの苦労を重ねた個人の研究資産を誇る気分にもなれず、適切に管理されたサーバーへの期待が膨らむばかりである。費やした労力は研究に携わる者の宿命ではあるが、それらは果たして自前のデータでなければならないのか――デジタル化の過程では、自然とそのような疑問がちらついている。個人データの公開はともかく、公的機関所蔵の古文書類は、やはり公的にデジタル化されるべきではないか。ネットワーク環境を利用すれば飛躍的に広範な利用ができる筈なのだから〔4〕。公開にこぎつけるまでに解決すべき権利関係と、デジタル化に要する作業の担い手、これが現状における史料データのあり方に関わる課題である。

 このように見てくると、成果物の公表についても、状況は全く同じだといえよう。ここでは出版物で終わるのではなく、デジタル化され、ネットワークに展開された史料あるいは成果物としての著作物情報は、従前の出版物をはるかに超える広がりを見せることを予見しておけば十分である。具体的な試みについては第五節で触れることにしたい。

 さて、常時高速接続環境とある程度の機器さえあれば、右のことは可能である。ただこれら閲覧の対象、つまり膨大なコンテンツは誰が作るのか。これが単純な疑問でありながら、のちに述べるように、最大かつ最終の課題となるような予感が払拭できない。

 

3 史料のデジタル化と情報公開

 前節では、藩法史料を素材として古文書の画像データの現状と展望を示した。話がやや前後することになるが、ここではデータ取得と公開のシステムに触れておこう。下に示したのは、私たち名城大学法制史研究会が構築したシステムである。ここには、外部委託ではなく自前で法制史料をデジタル化し、インターネットを通じて情報提供する場合の一般的な機器環境と手法が示されている。

 

 図の左端は、個人所有と公的機関の所蔵に関わらず、また、規模の大小や整理済か未整理であるかを問わず、収蔵施設に収められた古文書類に多く見られる伝存の形である。現実に調査に出かけてみると、収蔵史料の膨大さに圧倒されることはまだしも、その乱雑さに悲鳴をあげて、早々に辞去することも一度や二度の経験ではない。最近では、史料の所在目録の整備が進み、各種の研究機関をはじめ自治体等の文書館・史料館・博物館が整備されるにつれて、史料情報へのアクセスは容易になった〔5〕。所定の手続きを経て文書を閲覧し、筆写・撮影による情報の取得がもっとも基本的な作業である。必要に応じてそれらを解読・校訂し、書物として刊行するのであるが、史料採訪を繰り返した先人たちが営々として蓄積を重ねてきた出版物に畏敬の念を抱くことも多い。

 ただし、従前の作業の大半は一度限りのものであって、別の角度からの要請があれば、コピー・撮影等による史料情報の取得は一からやり直しを余儀なくされていた。その都度、古文書を開いて閲覧することになり、傷みかけた文書の保存上も問題なしとしなかったのである。いい換えれば、取得した資産の有効利用が不十分、ないし不可能だったのである。

 もちろん計画的に文書のマイクロ化を図ってきた収蔵機関も多い。古文書類を業者委託でマイクロフィルムに収録し、設置したリーダーで閲覧できるのは大きな福音である。ただリーダープリンターの設置台数が少なく、順番待ちを強いられることは措くとしても、解読やプリントなどをその場で処理しなければならない不自由さは、史料調査に伴うかなり重い負担である。最悪の場合、過去の調査者によって寄贈されたフィルムはあるのに、閲覧できる設備がなく、死蔵されたフィルムの山に歯噛みした経験も数度に留まらない。もちろんフィルムはデュープ(複製)が可能であるが、その許可を得るには常に面倒な手続きが必要であるし、一本で一〇〇〇コマを超えるリール数十本から必要な情報を取り出すのは、むしろ諦めが先に立つ方が多かった。加えて、フィルムは何回も使えば当然キズがつくし、カビも発生するので、常にケアが必要である。それ故、適切に保管されたフィルムのデジタル化は、再度の撮影の弊害を防ぐ意味でも非常に有効な手段となるのであり、そのための装置としてフィルム・コンバーターが登場する。

 図中央右上に配置したのは、リーダープリンターとそれに付加した装置である。決して安価ではなく、三五_ロールフィルムやシートフィルムの場合、一コマずつ画面上のボタンを押す必要はある(ブリップマークのついた一六_カセットフィルムなら自動処理が可能)が、このシステムによって、とにかくフィルムで保存された画像はソフト上でデジタルファイルに変換できるのである。

 いわずもがなのことながら、古文書を最初からデジタルカメラで撮影しておけば、この間の作業は不要であるし、近年のコンパクトなデジタルカメラの氾濫と無料で添付された画像ソフトの洪水は、いとも簡単な画像データ取得の環境を作り出している。ただし、この方式による画像情報の取得はまだ万全だとはいえない。最大の難点は、皮肉なことに、市販されているCCD(半導体受光素子)カメラが高性能化した上、各メーカーによる画素競争の結果であろうか(本稿執筆時で標準は四〇〇万画素程度に達している)、古文書の撮影には不要な情報まで克明に記録してしまい、そのために記録容量が途方もなく大きくなることである。もちろん記録メディアなど、ハード環境の大容量化と低価格化によって、贅沢ともいえる弊害はかなりの程度克服はできるが、‘IT弱者’も混在する機器・通信環境下ではまだ支障となることは多い。その点、ミニコピーフィルムのような白黒二価値情報に特化し、しかも高コントラスト画像の撮影を目的として開発された効果が期待できず、墨書された文字が紙質によっては読みづらい場合があるからである。ソフト上で画像の容量を圧縮したり、画質についてはヒストグラム補正を行うことである程度は防げるけれども、精緻に「真」を写す機能が、古文書撮影本来の目的からすれば逆に作用することに苦笑を禁じえない場合もある。カラー撮影を要しない文書類の場合、経験上は、まずミニコピーフィルムに採録し、コンバーターによってデジタル化した方が、より効果的な画像が得られることは事実である。その手数を厭わなければ、のことであるが。

 ともあれ現在の情報技術では、既存のフィルムから間接的に、また新規のデジタル記録によって画像の取得と蓄積が、さほど過大な装置を前提とせずに自前で可能となっている。閲覧・印刷など、画像データの利用に関しても、大きくて高価なことから個人所有にはなじみにくいリーダープリンターから解放され、持ち運びも自由な<ノート型>パソコンが威力を発揮する利点は、何ものにも換えがたいであろう。

 ところで、このようなデジタルベースで蓄積された情報も、個人の所有、あるいは限られたグループの情報交換に留まれば、その価値を十分に発揮できないのは自明の理である。研究情報の公開に対しては、研究者間に温度差があることを承知の上でいえば、個人的にであっても、取得した公的な史料には、それなりの公共性をもたせるべきだと考えるが、如何なものであろうか。幸い数年前から押し寄せたインターネットの普及で、主としてホームページによる公開が当たり前の環境が整いつつある。図の右下に置いたサーバーはネットワーク経由で、デジタル化した史料情報を提供するための装置である。もっとも個人契約のプロバイダーでギガバイト規模のページを公開することは、まだ不可能に近い。ここにも高画質・大容量の画像データの難点が表面化してくるが、研究機関であればLAN環境が整備されているのは普通であり、サブホストとして接続できればことは簡単である。事実、私たちは数十ギガの容量をもつリムーバブルのハードディスクを使い、個人用のパソコンで処理を終えた巨大なファイルをサブホスト機に着脱する方式をとった結果、ファイル転送とそれに伴うサーバー管理から解放された。現在のページは既に約四ギガを擁し、日々成長の過程をたどっている。

 無論、公開に向けた作業、なかんずくコンピューター技術に関しては、ITに造詣の深い異才の持ち主の助力が大きく、加えて画像ソフトをマスターした大学院生諸君の尽力なくしてここまで成長することはあり得なかった。彼らのボランティア的な貢献には無条件の謝意を呈するばかりである。次はそんな作業中の会話の一コマである。

  ―― このようなデジタル化によって古文書はなくなるだろうか。

  ―― 数千人が数年間、作業に専念すれば可能なんじゃないかな。

  ―― そうすると一体どれくらいの情報量になるのだろう。

  ―― メガ、ギガ、テラバイト・・・その上は何だっけ。その程度だと思うよ。

  ―― そうすると人類が地球を離れるとき、チップ数個で持っていける訳だよな。

 最後はSF的であるが、実はここに史料デジタル化の問題点が残されているのである。つまり、誰が、あるいはどのような機関が、どのような経費でこの作業に携わり、どのような形で保存・公開するかということである。IT社会の現状には、専門的技術知識の有無以外に、知的情報にどう対処するかという、IT以前の障害が重く横たわっているのである。ここでは、その認識を脳裏に置いて、当面インターネットを前提とした分散型サーバーによるデータ提供の可能性を示すだけにしておこう。

 このような、どちらかといえば技術的な問題が解決したところで、本稿のテーマとする藩法史料デジタル化の現状と課題を見つめることにしたい。

 

4 藩法史料の存在形態

 藩法史料――のみならず、藩法を取り巻く近世の法制史料は、どのような場面で発生す

るか。それには当時の社会構造から見るのが効果的な方法であると思う。下の表は、文書によって表現される法の発生「場所」を見るため、近世社会の構造を示したものである。

 周知の如く、近世の武家社会は一人の「将軍」と二百数十の「大名」を主要な構成要素とし、彼らが御料・私領(領分)に属する「庶民」を領知する体制であったと概観して差し支えない。その中で、将軍は幕府の、大名は家中の頂点に位置し、ともに「公儀」と称する役職機構を形成していた。他方、庶民社会も村・町その他の法人格に擬制できる集団として存立し、これら三者はそれぞれの組織の内部で自律的かつ多彩な法を発生させていた(図中の枠は独立した法圏を示す)。これらは幕府法・藩法・村法・町法等の名前で総称され、近世法の主要な領域を構成してきたのである。

 これは中世以来の日本社会が封建的な分権状態であり、法の世界も複合あるいは多重構造となっていたことを意味する。しかし同時に、近世の幕藩体制下ではそれらの重なり――つまり相互に有機的なつながりがあったこともまた明らかである。図の縦横のラインがそれで、将軍・大名・庶民(村・町)を結ぶ上下の線こそがまた法の発現する「場」であったことに留意しておく必要がある。下からの訴願と伺い、上からの通達・命令の関係は、一般的には「上申下達」の構図と見なせるが、近世にあっては「領知」という言葉が使われていた。これは、徴税と行刑を基軸とする公法的な支配の意味合いをもつ用語で、広く風俗・宗教・倫理規定までを含む生活万般を規制する権力作用を意味する。将軍(幕府)は直轄領の民を、大名は領分の民をそれぞれの法によって領知したのであるが、大名はまた幕府によって統轄される存在でもあった。従って、三者を結ぶ上下のラインで発生する文書は近世の法社会の、やはり重要な部分を表現することになる。

 別の見方をするならば、三つの法圏の間には法の連続性があったということである。自発的であるか強制的であるかを問わず、藩の法令は幕府法を取り入れ、自治規範を除く庶民法の世界は、間接・直接に幕府法および藩法を執行する場であった。このよう上下に重なり合い、または一体化した法社会は、一見すれば分権社会の様相を示しながらも、既に強く集権化が進展し、ために近世が幕藩制<職分>国家と称される所以となっているのである。広い意味では、部分的・国内的な法の継受関係が日常的であったといってよい。

 それでは、このような概略図を念頭において藩法史料の存在形態を眺めてみよう。大まかに整理するならば、藩の法制には、家中の内部に対する法と、町在(町と郷村)を対象とする領知の法に大別することが可能である。前者は、城郭を中心とした城附しろつきの武具・米銭を含む諸施設や藩の機構、士分の役割と心得などが相互に関連して、幕藩体制下で大名家中を存立させるための法のグループである。後者は、町・郡奉行など地方じかた 役人を通じて執行される領民支配の法である〔6〕。双方ともに、法典・法令集や単行の触書(定・覚など「被仰出」の類)、あるいは御用日記・日次記など、公私の編纂物に収録されたものを併せて、形の上では実に多様である。それらを形態・内容面から精緻に分類することは本稿の課題外である。ここでは藩法史料について一、二の切り口を例示するに留めたい。

 法史学固有の領域で、もっとも単純明解な藩法史料が刑法典・刑事判例集の類であることは疑いのないところである。事実、次に述べるように刊行物の多くはこの分野から始まったし、豊かな蓄積が数えられるからである。同時に、まとまった形をもつ行政法令集も藩法史料を代表するものである。また、ストレートな法の姿で現れなくとも、それが公的な存在としての大名家のあり方を示すものであれば、やはり藩法史料の周辺に位置させるべき場合がある。例えば、譜代大名が多く遭遇した転封に際して、上使を通じて将軍部局と、代官を経由して幕府勘定方と積み重ねた先規=ルールは、十分に法の領域にまで達する部分があるし、一つの領分を超えて「持ち歩かれた」法はまた、家中に固有の法(家法)として、むしろ藩法の中核に位置づけられるからである〔7〕。

 法史学が対象とする法の範囲を限定することは容易ではないが、法を依拠すべき先例の域にまで広げるならば、ほとんど藩政の記録の全般にまで法制史料は拡大するといわざるを得ない。古代以来の日本社会は、公私の情報を文字で伝達する文書主義が一般的であったし、近世にいたるとやはり公私の情報がほとんど記録される風潮を強めていた。従って残された文書=史料は膨大であり、それらを取捨選択して現代の文字情報に転換する作業は無限に近いという感触すら否めないのである。まさしく、百数十の大名家の二百数十年間――それを歴史的空間として把握し学術的に再構築することと、さらに現代を通じた未来への伝達を意図するならば、その手法が探られなければならず、それが漸くデジタル化によって可能となったといえないであろうか。

 その状況を見る前に、多くの蓄積を重ねてきた刊行物としての藩法史料に触れておく必要がある。学界の底流、というとやや大げさかも知れないが、活字化には一つの流れがあった。特定の大名家あるいは藩域に限定しない、というよりそれらを糾合した刊行物の嚆矢は『藩法史料集成』(全三巻)〔8〕である。その事業の延長線上で企画された大事業の成果が『藩法集』(全一二巻一五冊)〔9〕であり、その遺漏を埋めたのが改訂・増補した『藩法史料集成』(全一巻)〔10〕である。近時では、それらを継ぐ意図のもとに新たな藩法史料公刊の試みが進んでいる〔11〕。

 もちろん活字史料は上記のシリーズに留まらず、今なお盛んな地域史(自治体史)で編纂・公刊された資・史料集(近世編)は枚挙にいとまがないほど多様である。ただし、これらには地域の歴史史料全般をバランスよく収録することが要請されるため、特化された藩法に多くの紙幅を割けず、また地域を超える史料、例えば前掲の転封の記録などは収録されないことが多い。

 このように多くの刊行物の恩恵によって、現状では活字化された豊富な藩法史料に接することができるのである。欲をいえば、それらはあくまでも活字でしかなく、刊行物に収録された個々の文書のデータベース化もほとんど進んでいない。このような状況に鑑み、藩法研究会(第二次)の活動は、上記シリーズの流れを汲みながら、IT社会に対応した史料公開の試みを目指しているので、次節で紹介したいと思う。

 

5 近未来の藩法史料

 現代を仲立ちとする過去と未来の結合――知識情報に関して、常に現代はその使命を負っている。藩法史料も責任ある取捨のプロセスを経た将来への伝達の対象であるが、そのためには、従前の資産を継承しつつ新機軸を打ち出す時期にあると思う。IT社会の到来は、従って、誠に暗示的であるといえるのではないだろうか。

 それには様々な手法が考えられるが、ここでは三つの意味におけるデジタル化を挙げておこう。一は、藩法史料の淵源となる古文書そのものの画像データ化である。二は、活字資産も含む文字情報のデジタル化、三は、前二者をコンテンツとするデータベースの構築であり、それぞれが効率的な検索の対象となって公開されることである。これらが実現されれば、当面のIT社会に藩法史料は十分に対応できるであろう。これだけのデジタル・ソースを準備をしておけば、データそのものの利用はもちろん、近い将来にこの分野で、仮に音声や映像など、マルチメディア環境下の需要が出てきた場合にも、応分の対応ができる筈だからである。

 もともと過去のある時点で作成され、現代に当時の情報を伝えている史料原本(写本を含む古文書類)は、筆写・影写・謄写という段階を経て、近代以降は銀鉛フィルムに写し換えられてきた。それが史料保存のコンセプトに基づいて計画的かつ系統的に収録されたものであれ、個々の関心のおもむくままに撮影されたフィルムであれ、モノとしての原形を求めないかぎり、古文書の持つ文字情報は複製=コピーになじむものである。事実、収蔵施設の中には、フィルムから写真用の印画紙(俗にCH紙)に焼きつけ(最近ではリーダープリンターで普通紙に印刷することが多い)、それを製本して閲覧に供するものが少なくない。つまり、時空を超えて現代に到達した情報は、それぞれの時代の技術段階に応じたイメージ化(画像化)の方向をたどっており、それらが今漸くにして通信も含むデジタル技術に出会ったのである。

 他方、近代以降の活字文明は夥しい出版物の山を築いてきた。しかしながら、文献図書情報としてのデータベース化は進んでいるものの、文献の中味までのデジタル化は、まだ一部の電子ブックや電子辞書で実現している程度である。しかし、このような流れは今後ますます拡大していくであろうし、史料集のような発行部数が少なく、しかも膨大な学術専門情報こそ、一般書に先立つデジタル化に適合するのではないだろうか。現状の出版では、ワープロなどで一旦デジタル化された文字情報を紙媒体に印刷して、わざわざアナログ化していることを知れば、なおさらのことである。

 このような発想から着手されたのが、藩法史料のデジタル化と公開を目指す藩法研究会(第二次)〔12〕の取り組みであった。各地に残る未刊の法制史料を発掘して世に問う点では、当然のことながら従来の藩法研究の手法を踏襲している。ただし、基本史料の公刊という第一次的な意義に留まらず、ここではデジタルベースで史料の全画像と文字情報を収録し、通信手段も含むデジタルメディアで提供できないかという期待があった。そのような着想が出てきた発端は、時代の要請といえばそれまでであるが、全国に分散した会員相互間におけるリアルタイムの情報の共有と交換の必要性が切実だったことによる。

 次ページの図は、そのために開設したホームページの一コマである。画面下は史料画像のサムネイルで、クリックすれば左上の史料画像が開く。右上に示したのは史料の目録であるが、各種の画像と併せてPDFによる文字情報が格納されていることに注目していただきたい(書庫ファイルは一括ダウンロードすれば全ての画像を取得できる)。ここには、この文書群に関するほぼ全ての情報が集約されているといってよい。関係者の尽力によってページの充実の度が増してくると、既に述べた手順をふんでWeb公開も可能であるし、CD−ROM出版など、電子メディアによる頒布は書物に準ずるという考え方に転じてくる。

 このような方式による電子出版は、各種の権利関係さえクリアすれば、いとも簡単で、しかも安価かつ高精度である。現存のサーバーに収めたファイルをリンクごとコピーすればよいのだから。従って、これが実現すれば、活字の提供に終わっていた従来の史料集に大きな付加価値を加味することになる筈である。先に触れたように、画像を見ながらその校訂文を参照することで、史料解読などの専門教育はもちろん、藩法の地域性に注目すれば、地域学習や生涯教育など、極めて広範囲の利用を可能とするであろう。

 近く研究会のPDFファイルには、全文検索機能が付加される予定である。人名・地名・件名など、任意の文字列から史料本文にアクセスできることは、多大の労力を費やして予め準備された索引とは違って、最も単純に、自由な発想に裏づけられた研究の深化を生み出すことになる。加えて、発行部数の少ない学術書の場合、Web閲覧が可能となれば、特殊日本的な史料状況を一挙に世界に開放し、ワールドワイドな需要に応えることも可能となろう。短絡的に過ぎるという誹りに甘んじつつ、IT時代に果たすべき研究者集団が、国内外の、しかも学界に限定しない一般社会への貢献にも資するという、副次的な意義をも見出せるのではなかろうか。

 では、そのために必要となるであろう、従来型以外の作業についてどうか。これまで述べてきたことと矛盾するようであるが、実は、人と経費に関しては全く問題がないのである。何故なら、藩法史料の公刊を目指す以上は、アナログ・デジタルを問わず史料画像の取得は必須であり続けるし、原稿作成の労力つまり入力は研究者の負うべき負担である。むしろ、労力と経費<と資源>を節減する効果も、ある意味ではIT社会の究極の狙いではなかったか。いわんとするところは、公開も含めた処理効率の飛躍的な向上が、従来は到底、個人または小規模な集団の守備範囲に収まらなかった大量の史料の収録を可能とした結果、これまでは断念せざるをえなかった史料の悉皆処理に要する手数と経費をどうするかということなのである。まさに「隠れた古文書はなくせる」直前の状態に現代社会は到達したといえよう。

 とすれば、デジタルベースの史料公開を念頭においた場合、活字による出版物の刊行こそがデジタル化に向けたプロセスの副産物だとは考えられないであろうか。下図ではPDFの中味は表示しなかったが、これに若干の加工を施せば、印刷・製本という物理的な作業を除いて、たちどころに出版物はできあがるのである。このような逆転に近い発想は、しかしながら、決して従来型の史料公刊の価値を貶めるものではなく、また紙媒体の出版物を否定するものでもない。安易な誤解を生じさせないために、蛇足ながら最後に一言つけ加えておこう。何れを付加価値または副産物と位置づけようとも、双方はあい補って文化の維持と伝達に不可欠の手法として展開していくのではないか。石に文字を刻み、木簡や竹簡を削り、ついには豊富な紙媒体に筆を染めた歴史的存在としての人間は、その完成形態となった書物を捨て去るほどドライではないと確信するからである。短くとも次の次の世代あたりまでは――。

 とはいえ、出版にいたる煩雑な手順と経費を削減し、ほぼリアルタイムのワールドワイドな知識情報の公表に加えて、自在な検索の利便性が実現されるようになれば、出版を取り巻く環境がさらに厳しさを増すのは自明である。その際、デジタルベースで取得できる情報が紙媒体でも必要となれば、そのつど印刷・製本する、いわゆるオンデマンド出版の方向をたどることは当然予測されるところである。そのような効率のよい出版インフラは緒についたばかりで、まだ現状のニーズに応えているとはいえない。出版社や書店を包含したデジタル著作物のマーケット〔13〕が広く認知されれば、近未来の出版形態は大きく変化していくことになる。いつでも、どこでも、一冊でも、妥当な価格で書物が、小稿の関心からいえば分厚い藩法史料集が入手できる環境は、目前に迫っているのではないだろうか。

 

6 IT社会の法史学     ――結びにかえて――

 居ながらにして遠隔地に伝存する藩法史料に接したい、家を傾ける重い紙メディアから開放されたい、古文書を傷めたくない・・・等々は、決してムシがいいだけの願望ではないと思う。既にどっぷりと漬かっているIT社会で法史学はどのような手法が取れるのか。横道に外れ続けながらも、小稿では一つの対処例を示したつもりである。ネット環境にあるパソコンを使用する単純な作業の手法は、そのまま翻訳作業にもあてはまるであろうし、研究論文等、文字と文章を扱う場合に敷衍できることはいうまでもあるまい。教育の現場に転用することも自在であるし、法文化への貢献といった、法史学を取り巻く多様な領域に拡大することも可能である。

 無論、本稿で扱ったのは、巨大な空間と時間の塊りを対象とする法史学のごく一部の、そのまた一分野にしか過ぎない「藩法史料」を対象として、研究上の機能を効果的に発揮させる一手段である。しかしながらデジタル化という手法は、法史学の領域が広大であればあるほど、それぞれの分野に応じた活用が可能であると思われる。単純に考えても、古代・中世史料はもちろん、近現代資料〔14〕についても状況はほぼ同じである。また、日本に限らず、東洋・西洋ともに、人類の知的遺産ともいうべき膨大な記録が残されている。豊かな蓄積をもつ著作物や遺物の画像・映像データも広い意味で資料であると位置づければ、ITなしに今後の法史学は存続しないといっても過言ではあるまい。

 その際、研究に従事する者には、単なる情報の受信者に留まるのではなく、自ら蓄積した成果を広く発信していく姿勢が要請されよう。それには関連するホームページを羅列するだけではなく、そこに収められたアカデミックなコンテンツそのものの提供が必要である。確かに、発受信の手軽さが感覚的には中味の軽薄化を意識させる恐れはある。それでも従前、人の一生を費やしても扱いきれなかった史料情報が身近に取得できる環境下では、厳しい選別の目を通じて、そのような危惧を杞憂に終わらせることが可能だと信じたい。

 最後に、これまでもいくつかの問題点の一として指摘してきた法史学情報の受け皿=発受信元について。今しばらくは研究者個人またはグループを主体とした分散型のサーバーで対応できようが、将来的には学会活動の核となる法史学プラットフォーム(ポータルサイト)を構築し、総合的な情報サービスと、望らくはオンデマンド出版機能も併せもつ必要があるのではないか。それは同時に、さらに包括的な知的情報ないし文化情報発受信の一分枝と位置づけられればよい――そんな期待を懐きつつ小稿を閉じようと思う。

 なお、本文で用いた用語に関しては歴史学・法史学上の定義があり、それが定着するまでには長い研究史がある。しかし現在ではほぼ共通の理解が得られるものと考え、IT・PC用語とともに一々の注記は省いた。ご諒解を乞う次第である。

 

1〕 一般的な情報誌によれば、インターネット後進国といわれた日本が2002年にはブ

ロードバンドを含む普及率で米国を逆転、2003年をIT化が本格化する年と捉える。ただし、手作業をパソコンに置き替えた時代は終わり、個人の力を強化するため、それぞれがITを十分に使いこなす能力が必要だという(『日経パソコン』〇三年一月六日号)。

2〕 仮題。平成一五年一〇月三〜四日、日本・東洋・西洋を対象とする法史学の諸分野に

おけるIT化の現状と課題をテーマとする企画がある。

3〕 平成一四年一二月一五日開催。「藩法史料デジタル化の諸問題 『IT時代の法史学

』事始め 」として報告。司会者のコメントの間、スクリーン上では第二節で掲載する

史料入力のシーンが黙々と進み、やおら「時は元禄一五年、奇しくも三〇〇年前の本日早朝、赤穂浪士が吉良邸に討ち入り、本懐を遂げた。歌舞伎ならぬ近世社会を舞台とした電子紙芝居のはじまり始まり・・・」という、些か芝居がかったパフォーマンスを盛り込んだ。史料の処理作業に適用した「遊び」ともいえる要素に対してはお叱りを覚悟していたが、筆者にとっては、プレゼンテーションソフトをアカデミックな場面で用いる「事始め」でもあり、法史学における「ITモノ」も市民権を獲得しつつあるとの印象を強めた次第である。会場にネットワーク環境を整えていただいた同志社大学岩野英夫教授にはこの場を借りて謝意を表したい。

4〕 現在、ホームページを閲覧していくと、先進的な美術館・博物館・史料館等で多くの

画像情報が提供されている。多くを精査した訳ではないが、美術品に相当する精緻な画像が主体で、のちに触れる藩法もしくは藩政の記録は、その総量が膨大なせいか、方向性はあってもまだ着手されていない。

5〕 現在のところ、藩法史料の供給源となる大名家関係については、学習院大学史料館編

『旧家族家史料所在目録調査報告書』(同史料館、平成五年)が最も網羅的な情報を収録し、筆者も大きな恩恵を受けている。各種機関のホームページにも多様な所蔵史料情報が掲載されているが、欲をいえば、目録からさらに一歩踏み込んだ中味の提供が望まれるのであり、現時点のデジタル環境はそれを可能としている。

6〕 家中法・領知法ともにその対象と内容は様々である。筆者はそれらを大名のナイーブ

な意味における「家産」と捉え、大名の所替の際に文書化されて具体的に姿を現すことに注目している。拙稿「近世の領知法と家産官僚」(『名城法学』四五ー二、平成七年)ほか転封関係論文参照。

7〕 拙稿「転封考 史料編」(同右二七ー一、昭和五三年より現在まで継続して公刊中)

。また「1メガバイトの発信 毛筆と飛脚の時代から  ――(名城大学『総合研究所紀

要』2所収トピックス、平成九年)、「持ち歩かれた法」(名城大学七五周年記念学術出版『知の結集二〇〇一』)も、このような観点からエッセイ風に近世の法社会の一端を描いたものである。

8〕 京都帝国大学法学部日本法制史研究室編(昭和一七〜一九年、富山房)は、弘前藩御

刑法牒・中村藩罪案写・新発田藩御法度書御家中欽之覚・同在中御条目・同新令・同新令取扱頭書・同新律・同徒罪規定書・名古屋藩盗賊御仕置御定・同寛政盗賊御仕置御定附録・同盗賊之外御仕置定・和歌山藩国律・仙台藩刑法局格例調・岡山藩新律を収録した最初の藩法令集で、刑事法に重点が置かれている。

9〕 藩法研究会編(昭和三四〜五〇年、創文社)は、巻編成順に岡山・鳥取・金沢・熊本

・鹿児島・盛岡・久留米藩、および諸藩として吉田・郡上・上田・松代・高崎・竜野・亀山・挙母・小田原・臼杵藩の諸法制が収録された。全国規模の網羅的な史料調査に基づいて初めて藩法史料を集大成したものといえる。

10〕 京都大学日本法史研究会編(昭和五五年、創文社)は、亀山藩(丹波国)議定書・盛

岡藩律・熊本藩御刑法草書附例・松江藩出雲国国令を収録する。

11〕 最近の刊行物としては、藩法史料叢書刊行会編『藩法史料叢書』(平成一二年「佐野

藩」・同一三年「金沢藩」・同一四年「仙台藩」、ともに創文社)、小林宏・高塩博編『熊本藩法制史料集』(平成八年、創文社)など、意欲的な労作が相次いでいる。

12〕 平成六年発足。同一一〜一四年度科学研究費による助成を受けて「データベースの構

築に向けた藩法史料の総合的研究」をテーマに、鎌田浩教授を代表とする一八名が日本各地に残る藩法史料を渉猟し、デジタルベースで史料の公刊・公開を目指している。

13〕 コピーマート名城研究所(北川善太郎所長)の諸活動はその嚆矢となるもの。現在は

システム研究の最終段階にあると見受けられるが、一日も早く学術レベルから商業ベースにまでつながるデジタル出版インフラ構築の足掛かりとなることが待ち望まれる。

14〕 国際日本文化研究センターが提供する「民事判決原本データベース」(継続作業中)

はその典型例で、法制史料画像化の一モデルとなっている。